久々の全国ツアーで元気な姿を見せた浜田省吾
(撮影・内藤順司)

2005年10月21日(金)の読売新聞夕刊に掲載された記事です。
関西版なので読めなかった人や読売新聞を取ってない方のために
記事を紹介します。


私の音楽評 大内幹男


浜田省吾ライブ

卓越した手腕で「普通の人々」歌う
 
来年にはソロデビュー30年を迎える浜田省吾。
4年ぶりのツアーということもあり、スタンド席の最上段まで、
ぎっしりと待ちかねたファンで埋め尽くされている。
30代から40代にかけての観客が大半を占めていて、
子供連れの姿もたくさん見受けられる。
ライブ活動を大切にしてきたアーティストが、その健在ぶりを
発揮した格好だ。
 夏に発表された、これも4年ぶりとなった最新アルバム
「MY FIRST LOVE」。このタイトルは、ロックンロールとの
出逢いにときめいた10代のころの初期衝動に由来している。
 このアルバムからの新曲に加えて、自身が「いま歌いたいと
思った」とシンプルな気分で選んだ曲を織りまぜた選曲で
3部構成のステージが展開された。大きくは「旅・恋愛」「家族」
「青春」というテーマがそれぞれのパートを支えていたように思う。
個人的に強く印象に残ったのは第2部である。家族を持つ者、
持たない者、その存在に歓びを感じる者、疲れを覚えた者、
逃げだす者、再び帰っていく者ー。
 主人公と周囲とのさまざまな関係を、ソングライター浜田省吾は
卓越した手腕で描き出す。小説家ならそれで充分なところを、シンガーでもある彼は、1曲ごと、
そのストーリーのなかを生きるように歌う。あるときは家を想う父親となり、あるときは家を出る
少年になって。
 彼が演じて見せるのはーいくらか誇張されているときもあるけれどーほとんどの場合、
日常もしくは日常からほんの少しだけジャンプしたところで、右往左往したり、感傷にふけったり、
絶望に襲われたりしている普通の人々だ。聴き手は思わずそこに自分を重ねてしまうのだ。
 ただのエンターテインメントショーも悪くないけれど、「あー楽しかった」だけで終わらない、
個人的に共鳴するなにかがあったとき、その体験は倍音が響くようにして残る。この日から
しばらくのあいだ、私のなかでは遠い家路を辿る男のイメージが消えなかった。
(FM802番組ディレクター)
−10月9日、大阪城ホール